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大阪高等裁判所 昭和30年(ナ)6号 判決

原告 浅田義守

被告 大阪府選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

昭和三〇年四月二三日行われた松原市選出大阪府会議員選挙の効力に関し被告が同年七月二五日為した異議申立棄却の決定を取消す、右選挙は之を無効とする、訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、

その請求の原因として

原告は昭和三〇年四月二三日行われた松原市選出大阪府会議員選挙において立候補した者であり且その選挙人であつたが右選挙は次に述べる理由によつて無効である。即ち、

(一)  本件選挙においては市内に二三ケ所の投票所が設けられ、市内阿保第六投票所もその一であつたが、同投票所においては投票管理者を松永竹次郎、投票立会人を田中吉太郎、浅田善三郎、西田安太郎の三名とし、右選挙期日に全部で八〇八票の投票が為されたものであるところ、同日午前一〇時前頃同投票所の選挙事務従事者大橋不死が同投票所に置かれてある唯一の投票箱を蓋を取つて開けていた。このことは同時刻頃投票の為その場に来合した選挙人田中彦三が目撃したところであつて、同人がこれを見付けそのわけを追及するや大橋においては慌てゝ蓋を閉じるに至つたものである。しかして右投票箱を開けたわけは、投票箱の投入口周辺に票紙がかさばり爾後の票紙の投入に差支えるのを慮つて、大橋不死が火箸で票紙を投票箱の中の方に押込んでいたとき、誤つて該火箸を投票箱の中に落したので、之を取出す為であつたというのである。しかし、右時刻頃には投票は僅かに二〇〇票位しか為されていなかつたし、同時に行われ同じ投票箱に投入された大阪府知事選挙の投票と併せてもその倍四〇〇票位に過ぎなかつたのであるから、未だ票紙がこれを押込む必要があつた程にかさばつていたものとは思われないし、又投票箱を開けて中を掻き廻しながら落したという火箸を見付けることはできなかつたのであり、翌日開票の際にも該火箸が右投票箱から発見された形跡はなかつたのである。そうしてみると、投票箱を開けたのは何の為であつたか甚だ怪訝に堪えないところであつて、寧ろこれによつて票紙の取出や不正投票が行われたのではないかと疑う余地が多分にあり、或は大橋不死が不正を行う意図の下に敢えて開箱の挙に出たものとさえ思わざるを得ない。

(二)  本件選挙においては投票結了後松原市選挙管理委員会所定の自動三輸車を各投票所に廻し、これで投票箱を開票所たる松原小学校講堂に運んだのであるが、前記阿保第六投票所の投票箱のみは右自動三輪車の廻る直前に同投票所の選挙事務従事者石川正雄が之を開票場に運んだのである。そしてその際投票管理者、投票立会人が之に同行したか疑わしいし、仮にこれ等の者が同行したとしても、何故前記自動三輪車の来るのを待たず殊更に自転車で投票箱を運ぶ必要があつたのか全く理解に苦しむところであつて、前述の投票箱を開けたことと照らし合せ、その間不正行為が行われたのではないかと疑惧せざるを得ない。

(三)  本件選挙においては各投票所から送致された投票箱は開票場たる松原小学校講堂において投票箱監視者によつて翌日の開票迄監視されたのであるが、その間監視者六名の内三名は選挙事務報告の為大阪府庁に赴いて開票場におらず又松原市選挙管理委員会の要請によつて応援に来ていた警察官は同夜八時頃帰つて了い、その後は残三名で監視に当つていた。しかし残三名とはいうものの、内二名は将棋を指し、他一名の佐野平八郎のみが専ら監視していた実状であつて、しかも投票箱の鍵は全部同人においてこれを保管していたのであるから、投票箱の監視としては杜撰極りなく選挙の公正が疑われる。

(四)  本件選挙においては開票に際り開票立会人の立会の上で投票箱を開いたことなく、勿論開票立会人による投票箱の封印を点検したこともない。只二三個全部の投票箱を一齊に開いて開票手続に入つた丈であり、その間前述の火箸が投票箱から取出された形跡等は全くなかつたのであつて違法というほかはない。

(五)  本件選挙において松原市選挙管理委員会が被告委員会から受取つている投票用紙数は、一般投票用紙二一、〇〇〇枚、不在者投票用紙一、〇〇〇枚合計二二、〇〇〇枚であつて、実際の投票は一七、三四〇票為されているから、結局投票用紙の残数は四、六六〇枚でなければならないところ、被告委員会の爾後調査によると用紙残数は四、六六五枚であり、しかも不在者投票用紙の交付を受けた者の内二名が投票しなかつたので実数七枚の余分が生じるわけでこの七枚は投票事務従事者が選挙人にこれを交付しなかつたことによるものと見るほかはなく違法も甚しい。

なお、前記投票用紙の残部については、当初松原市選挙管理委員会の委員長において大切な用紙であるから金庫に厳重に保管していたと言明しながら、金庫には一枚もなく二階会議室の物置に在つたり、又その枚数についても同委員会において一時は三一一枚の不足を確認しながらその後該用紙が発見せられたりしたもので、その保管は確めて杜撰なものであつた。

(六)  本件選挙における投票総数は前述のように一七、三四〇票となつているが、実際投票した票数は候補者奥田政三の得票数八、三八四票、候補者浅田義守の得票数八、三三七票無効投票数六〇七票以上合計一七、三二八票であつて、差引一二票が不足している。この不足一二票が如何にして生じたのか不明であるが、内少くとも一票は選挙事務従事者佐野平八郎が之を破棄した。即ち、右佐野は判読し難い票の中で浅田候補の得票と認められた四九票の内五票の不足を藪中開票立会人から追及された際、右五票をポケツトから取出し内一票をその場で破棄したものであつて、違法も甚しい。

以上の次第であつて、これ等掲記の事実によると、本件選挙はその投票から開票に至る迄随所に違法の廉が存在し、しかもこれ等は謂わば永山の一角にもたとえられるべきもので、坊間においてはアルバイト学生が投票入場券を売歩いていたとさえ言われていて、数多くの不正行為が伏在しているものと推測されるばかりでなく、前記のような事柄は選挙事務従事者の単なる手続上の不手際というよりは寧ろこれ等の者が凡ゆる機会を利用して不正行為を遂行しようとする計画的陰謀によるものというても過言ではない。従つて右は選挙の公正を害するものであること論を俟ないところであるから、本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものといわなければならない。

仮に前掲各事実がそのまゝ認められず右主張が理由ないとしても、前記(一)(二)の事実は動かし難いところであつて、これを前述の奥田、浅田両候補の得票数が接近しその差僅かに四七票に過ぎないこと並に阿保第六投票所の投票総数が八〇八票であることと対照して考えると、右事実だけでも本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものと謂わなければならない。

そうすると、本件選挙は無効であること明であるから、原告は昭和三〇年四月二八日本件選挙の効力に関し被告委員会に対し異議の申立を為したが、被告委員会は同年七月二五日右申立棄却の決定を為したので、茲に右決定を取消し本件選挙の無効宣言を求める。

と陳述した。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、

主文と同旨の判決を求め、

答弁として、

昭和三〇年四月二三日松原市選出大阪府会議員選挙が行われ、右選挙において原告が立候補した者であり且その選挙人であつたこと、並に原告が右選挙の効力に関し被告委員会に異議を申立て、同委員会が昭和三〇年七月二五日原告主張のような決定を為したことは、いずれもこれを認める。しかしながら、右選挙が原告主張のような理由によつて無効であるということはこれを争う。以下原告の挙示する各事実について詳述する。

(一)の事実について、

本件選挙において市内二三ケ所の投票所が設けられ、その一たる市内阿保第六投票所においては原告主張の投票管理者投票立会人の下に右選挙期日に八〇八票の投票が為されたこと、同日午前一〇時前頃同投票所の選挙事務従事者大橋不死が投票箱を開けたこと、これを選挙人田中彦三が目撃したこと、並に同時刻頃二〇〇票位の投票が為されていたことは認めるがその他は争う。大橋が投票箱を開けたのは、次に述べるような経緯によるものである。即ち、阿保第六投票所の投票箱は約一尺五寸角高さ約二尺の比較的小さなもの一個で、しかも本件選挙と同時に行われた大阪府知事選挙の投票もこれに投入されたので、票紙が下から積み重なり投入口周辺にかさばつて投入に差支えるところから、投票箱をゆさぶつたり、火箸で票紙を中に押込んだりしたことが屡々あつたのであるが、偶々同日午九時過頃大橋が火箸で票紙を中に押込んでいたとき誤つて該火箸を投票箱の中に落して了つた。大橋は右火箸が翌日開票の際投票箱から発見されるときの不体裁を考えその措置に悩んでいたが、三〇分程経つてから投票箱を開けて該火箸を取出す決心をし投票立会人にこの旨を告げて立会を求め、投票立会人投票管理者の面前約六尺の所にある投票箱の中蓋を取つてこれを開き中を覗いたが見当らないので、左手で投票箱の端を持ち右手を中に差込み票紙を押えたり掻き分けたりして火箸を捜していた。丁度このような状態のとき、前記田中彦三が投票所に現われ投票箱に近づいてきて、何をしているのかと質したので、投票管理者松永竹次郎において火箸を落したので拾うとしている旨答えると共に、火箸が見付からなければいいから早く蓋を閉じよと指示したので、大橋は火箸の取出しを断念し中蓋を閉じるに至つたものである。叙上のような次第であつて大橋が投票箱を開けたのは単に火箸を取出す為であつて、その間不正行為が行われる余地は全然なく、勿論大橋に不正行為を行う意図もなかつたのである。そうしてみると、右投票箱を開けたことは違法には相違ないけれどもこれからして本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたものとは到底いえないのである。

(二)の事実について、

阿保第六投票所の投票箱が松原市選挙管理委員会指定の自動三輪車によらないで自転車で開票所に運ばれたことは認めるがその他は争う。右自動三輪車で投票箱を運ぶことは投票管理者等の便宜を図る為であつてこれを厳重に守ることは要請されてもおらず、従前の選挙においても、近い投票所にあつては投票管理者自ら投票箱を運んだ事例もあつたので、阿保第六投票所においては自動三輪車の到来を待ちかね前記の措置に出たのであつて、勿論投票管理者松永竹次郎投票立会人田中吉太郎がこれに同行したのであるから、何等違法はない。

(三)の事実について、

松原市職員三名が投票報告の為大阪府庁に赴いていたこと、投票監視の依頼を受けた警察官が午後八時過頃帰つたこと、並に選挙事務従事者佐野平八郎が投票箱の鍵全部を保管していたことは認めるがその他は争う。投票箱の監視には投票当日から翌日の開票時前迄終夜松原市職員吉永久世、土井照夫、谷口唯一、井倉孝、佐野平八郎の五名が当つたのであり、又佐野は投票管理者から封筒在中の投票箱の鍵を預りこれを金網製の書類籠に入れて金庫に保管していたのであつて、何等公正を疑われる節はない。なお警察官二名が帰つたのは松原市選挙管理委員会と同市警察署との打合せによるものであり、又警察官の監視自体法の要求しているところでもない。

(四)の事実について、

原告の主張事実はこれを争う。本件選挙においては開票の事務と選挙会の事務とが合同して行われた為開票立会人は選挙立会人をもつて充てられたのであるところ、選挙立会人は開票当日開票時刻たる午前八時迄にすべて開票所に参集し夫々所定の位置に席を占めて待機し、午前八時選挙長の指示によつて選挙係長森本正富が開票開始を宣言し一齊に投票箱を開いて投票の選別に入つたものであつて、開票立会人を兼ねる選挙立会人が開票状況を監視し得る状態にあつたものであるから、何等違法はない。なお、投票箱に封印し、開票に際りこれを点検すべき旨の規定はないから特にかかる封印を点検しなかつたとしてもそのため違法となるものではない。

それから、前記(一)の事実の項で問題となつた火箸は右開票の際阿保第六投票所の投票箱からその開箱に当つた田中恒信によつて発見されたのである。

(五)の事実について、

投票用紙の残部の実数に七枚の余分が生じていることは認めるがその他は争う。右七枚の余分は選挙人が投票用紙の交付場所に来てその交付を求めなかつた為に生じたものと為すほかはないのであつて多数の選挙人が迅速且なだらかに投票して行くことを最良とする投票の過程において、中には投票事務従事者等の目から洩れ投票用紙の交付を受けないで素通りする選挙人のあることも絶無ではないのであるから、右七枚の余分をもつて違法となすわけにはいかない。

なお、投票用紙の保管は松原市庁舎二階会議室の物置に保管され、該物置はダイヤル式の施錠が施されていてしかも該施錠は選挙事務従事者以外の者は開くことができないものであるから右保管に杜撰な点はない。又本件選挙において各投票所に配布された投票用紙の残部の内、第十四、第十六の各投票所の投票用紙の残部が松原市土木課の金庫に第十九第二十の各投票所の投票用紙の残部が三宅出張所に一時保管されていた為この分丈不足しているように思われたこともあるがこれは事務連絡が不充分であつた為であり、その後二六日松原市選挙管理委員会に全部返還されているのであるから、このようなことで保管が杜撰であるということはできない。

(六)の事実について、

投票総数と実際投票した票数とに一二票の不足があつたことは認めるがその他は争う。しかしこれは選挙人が投票用紙を受領しながら投票することなく持帰つたものと推測するほかはなく、しかも前記(五)の七枚の余分が生じていることから明なように投票者として計上されている者の中で投票用紙を受領しなかつた者が七名であることが窺われるので、結局一二票の内持帰りによつて生じた不足は五票に過ぎないことが察知できる。なお右五票の内一票を佐野が破棄したことは全然ない。右は恐らく佐野が投票の表につける票箋即ち括束票を破つたことを投票破棄と誤認したものと思われる。これ亦違法の廉はない。

以上のように本件選挙においては、単に原告が(一)の事実で指摘している投票箱を開けたこと丈が違法であるに止まり他に違法と看るべき事実は何等存しないのであり、右投票箱を開けた事実もそれが本件選挙の結果に異動を及ぼす虞がなかつたことは前述したとおりであるから原告の主張は理由がない。

と陳述した。(立証省略)

理由

昭和三十年四月二三日松原市選出大阪府会議員選挙が行われ、原告が右選挙において立候補した者であり、且その選挙人であつたこと、並に原告が右選挙の効力に関し被告委員会に異議を申立て、同委員会が同年七月二五日右申立棄却の決定を為したことは当事者間に争がない。

原告は右選挙にはその挙示する(一)乃至(六)の違法事実があつて、選挙の公正を害すること著しく、選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたから、右選挙は無効であると主張する。よつて先ずこれ等の事実の有無について観ることとする。

(一)の事実について、

本件選挙において市内二三ケ所の投票所が設けられ、その一たる市内阿保第六投票所においては投票管理者を松永竹次郎、投票立会人を田中吉太郎、浅田善三郎、西田安太郎の三名とし、右選挙期日に全部で八〇八票の投票が為されたこと、並に投票当日投票実施最中である午前十時前頃同投票所の選挙事務従事者大橋不死が投票箱を開けたことは当事者間に争がないところであつて、このように投票箱を開けたことは、たとえそれが選挙事務従事者によつて為されたものであつても、又その意図がどのようなものであつても、正規の手続によるものでないことは明であるから、選挙の規定に違反するものであることはいうまでもない。

(二)の事実について、

前記阿保第六投票所の投票箱を右投票所から開票所に送致するのに、松原市選挙管理委員会指定の自動三輪車によることなく、自転車をもつてしたことは被告においても認めるところである。しかしながら投票箱は投票管理者が投票立会人の内少くとも一人と共にこれを開票管理者に送致すれば足り、その送致の方法等については何等規定していないから、このような送致の仕方を執つたからというてこれを非難するのは当らないし、又証人松永竹次郎の証言によると、右投票箱は投票管理者松永竹次郎において選挙事務従事者石川正雄をして運ばしめ且その際自ら投票立会人田中吉太郎と共に終始これと同行したことが認められるから、右投票箱の送致について何等違法の廉はない。

(三)の事実について、

各投票所から送致された投票箱は開票所に於て翌日の開票迄監視されたのであつて、その間松原市職員三名が投票報告の為大阪府庁に赴いていたこと、及び監視の依頼を受けて詰めていた松原市警察官二名が当日午後八時過頃帰つたこと並に選挙事務従事者佐野平八郎が投票箱の鍵全部を保管していたことは被告においても争わないところである。しかし右警察官の帰去後監視に当つていたのが三名であり、その内二名は将棋に興じて実質上の監視を他一名に委ね切り、しかも該一名が前述の鍵保管者たる佐野平八郎であつて監視が不充分であつたとの原告の主張事実に至つては証人野村信明の証言によつても認め難く他にこれを窺い得る資料もない。却つて証人佐野平八郎(第二回)の証言並に検証(第二回)の結果に徴すると、投票箱は全部開票所たる松原市小学校講堂の西続きの市庁舎玄関内側下に数段に積み重ね、その鍵は右佐野が同所の金庫の中に保管した上、係員吉永久世、土井照久、谷口唯一、井倉孝及び佐野平八郎においてこれが監視に当つたものであつて、予め午後一二時迄は全員で、翌日午前三時迄は土井井倉の二名で、又午前五時迄は吉永谷口の二名でその後は全員で監視する手筈を定めていたものの、実際は全員共終夜眠らずに翌日の開票時迄監視したこと、並にその間これ等全員は右佐野が午後一〇時半頃菓子買に約一〇分間外出したほか誰一人として同所外に出た者はなかつたことが認められる。従つて右投票箱の監視についてはそれ相当の措置が執られたものというべく違法の点を見出すことはできない。

(四)の事実について

本件選挙の開票に際り、投票箱を開くに先ち開票立会人(本件選挙においては被告の主張するように開票の事務と選挙会の事務が合同して行われ、その為開票立会人は選挙立会人をもつて充てられたことは原告の明に争わないところである。)の立会の上で投票箱毎に各別にその施錠封印等を点検しなかつたことは証人藪中光蔵森本正富の各証言によつて明である。しかしながら、更に同証人等の証言によると、開票立会人は開票当日開票時刻たる午前八時迄にすべて開票所に参集し夫々所定の位置に席を占めて待機し、一方投票箱は開票台の周囲に並べられてこれに係員が配置され、午前八時過頃選挙長の開票宣言に基き係員によつて一齊に投票箱が開かれ、投票の選別に入つたものでその間開票立会人において投票箱の各個点検方を求めたことがなかつたことも亦看取するに充分である。そうしてみると、右開票の経過から考え、開票立会人においては開票の当初から開票状況を監視しうる状態にありながら何等の異議も述べることなく、開票手続が進められたことが明であるから、前記投票箱を各個について点検しなかつた事柄をもつて開票立会人の立会なくして投票箱を開いたものとなし、右開票手続を違法なものということはできない。

(五)の事実について、

本件選挙において投票用紙の残数が実際に為された投票数に比べ七枚の余分を生じていることは当事者間に争がない。しかして右七枚の余分の生じた所以を考えてみるに、原告の主張する投票事務従事者が選挙人に投票用紙を交付しなかつた事例は原告の全立証によつても一としてこれを認めることができないばかりでなく、多数選挙人の中には投票過程において投票事務従事者の目から洩れ投票用紙を受け取らず素通りして行く人がありうるものと思われるから、右七枚の余分があることから直ちに投票事務従事者が選挙人の求めを拒んで、用紙を交付しなかつたものと推断し、これを違法となすわけにはいかない。

なお、原告は本件選挙の投票用紙の保管についてこれを杜撰極まるものと主張し、その提出に係る甲第一号証証人重田仙太郎藪中光蔵の各証言によると右用紙の残数や保管場所について選挙管理委員会の委員長等において言明を二、三異にしたことが推測されるところであるが、更にこれ等証人や証人森本正富、佐野平八郎(第二回)の各証言を綜合して考えると、右は開票当日票の不足から選挙会が縺れて次第に激化し深更に及ぶ一方係員の連絡不足等もあつて冷静慎重を欠き窮余に出た言動であることが窺えるばかりでなく、右森本、佐野両証人の証言並に検証(第二回)の結果によると本件選挙の投票用紙は松原市庁舎二階会議室の物置に保管されしかも該物置には施錠が為されていたこと、又本件選挙において各投票所に配布された投票用紙の残部の内第十四第十六第十九第二十の各投票所の分は事務連絡の不充分から一時他の場所に保管されていたことがあつたがこれも同月二六日には全部返還され、結局前記七枚の余分丈が生ずるに至つたものであることが認められるのであつて、右事実から考へると投票用紙の保管を杜撰極まるものとすることは言い過ぎと思われる。

(六)の事実について、

本件選挙において投票総数と実際に投票した投票とに一二票の不足があつたことは被告の認めるところである。しかして右投票総数の中には前記(五)の事実で認定した投票用紙七枚の余分があることから明なように投票用紙を受領しなかつた者が七名おることが窺はれるから結局右一二票の内五票丈が票数不足と目せられるところ、この不足について、原告は内一票は選挙事務従事者佐野平八郎が開票最中に破棄したと主張するけれども此の点に関する証人藪中光蔵、林辰次郎、土師勇三の各証言は後記認定事実に照らし信用し難いし、他にこれを認めるに足る証拠なく、却て証人佐野平八郎(第一回)の証言によると、前記佐野は開票の際には主として用済票紙の括束に従事していたもので、偶々午後二時頃開票立会人藪中光蔵の依頼による未済票紙の括束のことから同人と応答中屋外見物者の二、三名から佐野が票紙を破棄したと騒がれたのであるが右佐野がそのとき破つたのは票紙ではなく括束した票紙の表に附ける票箋即ち括束票であり、これを屋外目撃者から票紙の破棄と誤認されたものであることが認められる。しかして右不足五票が生じたことについては原告においてもこれを指摘する丈でその理由を特に取挙げて主張しないし、他に首肯しうる理由も見出し難いので、右は選挙人が投票用紙を受取りながら投票しなかつたものと推測するほかはない。従つてこの点にも違法の廉はない。

以上のように認定してくると、本件選挙においては(一)の投票箱を開けた違法事実があるほか、他に違法と看られるような事実は存しないものといわなければならない。

なお原告は前示(一)乃至(六)の事実は選挙事務従事者の不正行為を遂行しようとする計画的陰謀に基くものと主張するけれども、(一)の事実については後記認定のとおりであるから認められないし、(二)乃至(六)の事実についてはこれを認める何等の証拠もない。

よつて、進んで右(一)の投票箱を開けた違法事実が選挙の公正を害し選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたか否かについて考察する。投票箱を正規の手続によらないで開けてはならないことは選挙の公正を維持する上から厳重に守らねばならないことであつて、これを敢えて侵し投票箱を開けるにおいては選挙の規定に背反すること前記のとおりである。しかしながら一旦投票箱を開けた以上そのこと丈で著しく選挙の公正を疑わしめ選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものとするのは余りに厳格に過ぎる憾があるものと考えられる。もとより、現実に不正行為が行われていることまでは認められなくても不正行為が行われ得る可能性がある場合には著しく選挙の公正を疑わしめるものということができるけれども、投票箱を開けたことの目的事情等から看て不正行為を行う可能性も窺われず選挙の公正に疑惑を抱かしめるに至らない場合もあり得るのであつて、このような場合には単に投票箱を開けたという一事のみから直ちに選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものと解すべきではない。

そこで、本件の場合についてこれを観るに、証人松永竹次郎、田中吉太郎、浅田善三郎、西田安太郎、大橋不死、田中彦三の各証言並に検証(第一、二回)の結果を綜合すると、市内阿保第六投票所においては高さ約一尺七寸五分縦(南北)約二尺二寸横(東西)約一尺六寸の投票箱一個が同所入口から約三分の二程西側に寄りしかも南北約中央の箇所に置かれ、その西方六尺の箇所で南北一列九尺の間に南から投票立会人西田安太郎、浅田善三郎、田中吉太郎、投票管理者松永竹次郎投票事務従事者大橋不死の順に席が設けられ、投票箱の東方に向つて投票所出入口に至るまでの間には該箱に接して高さ約三尺四寸長さ四尺七寸の衝立が縦に置かれ、右衝立から再に東方へ東西一列十尺の間に亘つて数名の投票事務従事者の席が設けられていたもので、右投票管理者投票立会人の席は投票箱は勿論投票所全体に亘りこれを監視するに最適の位置を占めていたこと、右投票箱は、その外蓋には鍵があつたが、その中蓋は鍵がなく投票管理者投票立会人の封印を施した上、投票に使用されていたこと並に右投票箱は前記のように比較的小さなものであるのに拘らず、本件選挙の投票のほか、同時に行われた大阪府知事選挙の投票もこれに投入されたばかりでなく、これ等の票紙が折畳式用紙であつた為票紙が投入口周辺にかさばり票紙の投入に差支えることがあつたので、当日投票開始以来投票事務従事者等において屡々投票箱をゆさぶつたり、火箸で票紙を中に押込んだりしていたものであること、偶々午前九時過頃選挙事務従事者大橋不死が火箸で票紙を中に押込んでいたとき誤つて該火箸を投票箱に落したこと、大橋においては右落した火箸の措置に悩んでいたが約三〇分経つて選挙人の来場も漸く途絶えがちになつた頃投票箱を開け該火箸を取出そうと考え投票箱に近ずきながら投票立会人に右の旨を告げて立会方を求め、投票箱の中蓋を取つてこれを開け、中を覗いたが火箸が見当らないので、手を差入れて中を捜したこと、このときは投票管理者は自席から、又三人の立会人は自席を立つて投票箱の廻りを囲む状態でこれを注視しており、又丁度その折投票の為真近に来合した選挙人田中彦三においてはこれを目撃して不審に思いそのわけを質したのであつて、右田中の質問を受け、投票管理者松永竹次郎から大橋に捜すことをやめて早く蓋を閉じよと指示したので大橋において火箸の取出を断念し中蓋を閉じたもので右開閉の間は数分を出でず、その間中の票紙は大橋が手で掻き廻したことはあつてもこれを箱から取出したことはなかつたこと、及びその後間もなく右大橋が事前に預つていた投票立会人等の印をもつて投票箱に対し改めて封印したものであつて、大橋においては落した火箸を取出す一心のみで他に何等の意図もなかつたことが認められ、又右火箸は翌日開票の際阿保第六投票所の投票箱の開箱に当つた係員田中恒信が同投票箱から発見し開票事務係長森本正富の指示によつて一時これを自ら保管していたことは証人田中恒信、森本正富の各証言によつて認められるところであつて、他に右認定を左右するような証拠はない。このように本件投票箱を開けたことの目的、態様、情況を看てくると右は事情至つて軽微であつて、その間不正行為が行われたことは勿論、それを行う可能性も窺われず、選挙の公正に疑惑を招く事態でもなかつたものということができる。従つて右投票箱を開けた事をもつて本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたものと為すことはできない。

以上説明のとおりであるから、被告委員会の為した前記決定は結局正当であつて、之が取消及び本件選挙の無効宣言を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとする。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 朝山二郎 坂速雄 沢井種雄)

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